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3年

20140311.jpg

大震災から3年の月日が流れました。
あの日、会社に一人でいた私は、携帯電話から発せられたけたたましい音に、
急かされるように玄関のドアを開け逃げ道を確保し…
同時に襲われた激しい揺れに外に出ることがやっとでした。
あちこちから聞こえる何かがぶつかるような壊れるような音。
立っていることができなくて、駐車場に倒れるように座り込み…
何回もくる揺れに、「ここで死んじゃうのかな。日本は終わりか?」と、本気で感じた長い長い時間でした。
揺れが小さくなり、おさまってきたので社屋内に戻ってみると、
そこは別世界になっていました。
ただ幸いにして、金庫が取れそうな場所に落ちていたのでそれを拾い出し、
ノートパソコンも1台だけなんとか取り出し…

電話もすべて不通。
書棚はすべて倒れ、物は散乱し、私ひとりでは手をつけることはおろか、
他の部屋に続くドアすら開けることができない中、
どう対処しようかと混乱した頭の中を、必死で整理しながら、
携帯電話で母や、本社に何度も連絡を入れました。
直後は携帯もつながることがあり、母の無事を確認できて本当に安堵しました。

普段、会社から海はそんな近くに思っていなかったのですが、
今にして思えば、仙台港に近く港を中心に商業・工業地域が形成された地域。
沿岸地域といってもおかしくない場所でした。(港からは2~3キロあるはずですが)
近隣の会社の人達もみんな外に出てきていて、どうしようかと検討している中、
カーラジオを聞いた人から、「大津波警報が出た!避難したほうがいい」と。
「一人で逃げられますか?車は大丈夫?」と声をかけてくれた方もいました。
車通勤だった私は、会社はこのままで仕方ない。とにかく行けるところまで自力で逃げようと決め、
金庫とパソコンだけ車に積んでとにかく自宅に向かおうと走りました。

港の商業施設に遊びに来ていた人達が避難するために歩く人の波。
信号も消えて、ドライバー同士の信頼感だけで走る国道。
走り慣れた道が違う風景に見えました。
ハンドルを握りしめ「落ち着け、落ち着け、こんな時こそ落ち着かなくてどうする!」と、
何度も何度も声に出してつぶやいたことを今でも思い出します。

幸いにして、会社は2軒隣で浸水が止まり水害はなく、
走って逃げた道は浸水したのですが、私はなんとか難を逃れて家に着くことができました。
でもあと20分遅かったら、車ごと…の可能性もあったんだと。

家族や親族皆無事、家も無事だった私は、被災者とはいえない…そう思っています。
それでも、いまだに時々あの時あの瞬間のことを思い出したり、
震災関連のニュースなどを見ると、自然と涙が出てしまったり、恐怖心が蘇ったり…
いいことばかり流れる報道に、無性に腹を立てたりしています。
だから、ほんとに怖い想いをされた方達の心の傷はとても深く、
簡単には癒えないものだと想像できます。


今、日本全国で大きな地震がくるかもしれないと言われています。
人間は自然には勝てません。
だからこそ、これを読んだ下さった方は、
少しでも悲しく苦しく辛いことが軽減できるように、
災害に備えて準備をしておくこと、周りの人ともしもの時にどうするかを話してみることを、
どうか頭の片隅においていただけたらと願います。



東日本大震災で亡くなったたくさんの尊い命に合掌



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[ 2014/03/11 ] 感じた! | TB(0) | CM(8)

こんばんは^^

あれから3年が経ったんですね。早いような遅いような。
こちらもこの日が来る2~3日前から、ずっとニュース
などで放送されてます。見てると涙が出そうになったり
しますが、本当の恐怖は理解出来てないと思います。
あの時も、毎週末、高速道路では被災地に行く自衛隊の
車とたくさんすれ違ったものです。遠く離れた私たちは
ただただ「頑張って欲しい」と願う事しか出来なくて。
1日も早く、被災されたみなさんが元気になられることを
願ってます。
[ 2014/03/11 19:53 ] [ 編集 ]

初めまして、Keitoと申します。
ご訪問ありがとうございます。
とても嬉しいです。

大変な思いをされた日に、来てくださったこと、
ありがとう。

ちょっとぼんやりなブログですが、また来てください。
[ 2014/03/11 22:27 ] [ 編集 ]

Re: タイトルなし

> mayさん

コメントありがとうございます。
私も、阪神大震災の報道を目にしていた頃、
大変だ!という気持ちはありましたが、恐怖などは理解できていませんでした。
人間は誰もが同じですよね。
経験してみないと本当のところはなかなかわからない。
それでいいんだと思っています。(こんな経験はしない方がいいし)
だから、本当のところは伝えられなくても、
日常の中で備えていることの大切さだけでもせめて伝えられたらと思っています。

自衛隊の長い車の隊列を、あれほど嬉しく頼もしく眺めたのは初めてでした。
いろんな人に、いろんな形で助けてもらったことに感謝しつつ、
1日も早く被災地が人の住める環境になることを私も願っています。
[ 2014/03/12 12:41 ] [ 編集 ]

Re: タイトルなし

> keitoさん

来ていただけて嬉しいです。
そして、コメントも残してくれてありがとうございます。

こちらこそ、これからもどうぞよろしくお願いします。
またおじゃましますね!
[ 2014/03/12 12:42 ] [ 編集 ]

こんばんは

あの時のあの時間の事は私も今でも覚えています。
私の場合はTVの画面をただ見つけるだけの事だったのでfreeflightさんの経験に及ぶべくもないんだけど、やはり忘れられません。
現実として受け入れがたい光景だったもの。

そしてちょうど娘が進学を控えていて
いいのか?こんなに普通にしていてて思ったことも覚えています。
忘れてはいけませんね。
[ 2014/03/12 18:28 ] [ 編集 ]

Re: タイトルなし

> くっくさn

コメントありがとうございます。

あの日、後から聞くとリアルタイムで津波の映像が流れ、
それを見た遠くに暮らす人達も精神的にかなりのダメージを受けたと知りました。
うちは、3日間停電していたので、情報はラジオから。
それも乾電池の予備がなかったので、点けっぱなしはできなかったため、
断片的な情報しかありませんでした。
なので、津波の被害の大きさや原子力発電所の爆発など、
「大変なことが起きているようだ」というくらいしかわかっていませんでした。
電気が使えるようになり、テレビを見ることができた時には、
あらためてショックを受け恐怖を感じました。

普通が一番でいいですよね~。
あとは万が一に備えて、出来る限りの準備をしておき、
普通を続けていけるようにすることかなって思います。

またお邪魔しますね!
[ 2014/03/13 12:43 ] [ 編集 ]

こんにちは 
あれから3年経ったのですね・・・・
お話を読んでいてとても胸が詰まって
何と言葉にしたらいいかわかりません
テレビで見ただけの私たちでもとても辛くて
悲しい出来事だったのに
現地でじかに体験された時の怖さや動揺
ご家族の安否 変わり果てた光景・・・
それはどんなお辛かったかと思うと涙が
溢れて来ました
友達が仙台にいます 心配でした
落着いてから仙台の様子を見に行こうと
現状を見ようと思いましたが勇気が出ません
でしたね
津波が来ると知らせがあった時 どんなに
怖かったでしょうね・・・
改めて被災された方々 そして亡くなられた
方がたに私も祈りたいと思います
前向きに頑張っていらっしゃるfreeflightさん・・・あなたに出会えて良かったですよ
[ 2014/03/13 17:18 ] [ 編集 ]

Re: タイトルなし

> ひろままさん

コメントありがとうございます。
最期の一言にウルッときてしまいました。

私も会社からすぐ近くの被害の大きかった場所には、
未だに足を向ける気持ちになれません。
どうしても近所に行かなくてはならない用事があった時、
ほんとに勇気を振り絞ってでした。

こんなんじゃダメじゃないか、
私は被害もなく暮らしていられるんだから、
ボランティアとか参加してなにか行動しなくちゃ…と悶々として、
アロマ関係でボランティアとして参加したりもしましたが、
今は焦ってもしかたないし、自分の生活を守るのが私の役割…と思っています。

今朝は西の方で大きな地震があったとニュースでみました。
お住まいのあたりは被害はなかったかと心配です。

お互い、普通の日常を送れることを大事にしていきたいですね。

いつもありがとう!
[ 2014/03/14 13:28 ] [ 編集 ]

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